チャールズ&レイ・イームズやジョージ・ネルソン、イサム・ノグチなどの天才デザイナーを輩出したミッドセンチュリーの時代背景や彼らのデザインしたインテリア家具などを紹介しています。
| ホーム |


イームズスポンサーサイト
-------- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


イームズ デザイナー インテリア家具に関するブログをもっと見る ⇒


スポンサーサイト
スポンサー広告
イームズラファエル・ソリアーノ Raphael Soriano
2008-05-13 Tue
ラファエル・ソリアーノ

ラファエル・ソリアーノ(Raphael Soriano, 1904年8月1日 - 1988年7月21日)はアメリカ合衆国の建築家、教育者である。規格品である既製鉄骨やアルミニウムを住宅や店舗に先駆的に使用した。ミッドセンチュリー・モダンと呼ばれる20世紀の建築潮流に属する人物である。アメリカ建築家協会(AIA)会員。

生涯
ギリシャ、ロードス島のセファルディムの家庭に生まれる。当地のセント・ジーン・バプティスト大学に入学するが、1924年アメリカに移住。ロサンゼルスの親類のもとに身を寄せ、1929年南カリフォルニア大学に入学、1934年卒業。1930年アメリカ国籍取得。在学中の1931年にはリチャード・ノイトラとグレゴリー・エイン両事務所にて、同時並行でインターンとして無報酬で働き、後の1934年にはルドルフ・シンドラーの事務所に入ったが、これは短期間で、すぐにノイトラの事務所に戻っている。 当時のアメリカは大恐慌の真っ只中であったが、ソリアーノは卒業と同時にロサンゼルス郡で公共事業促進局が推進するいくつかのプロジェクトに参加したり、地元の建築事務所で働いたりした。1936年、初めての設計依頼を受けて完成させたのは、1937年パリで開かれた国際建築博覧会に展示されたリペッツ邸であった。

第二次世界大戦へのアメリカの参戦により、国内の住宅、商業施設市場は大きく落ち込んでいたので、この時期実作の機会には恵まれなかったが、ソリアーノは南カルフォルニア大学で講義を受け持ったり、さまざまなコンペへ参加したり、戦後の住宅供給に関する提案を出版したりと、精力的に活動した。こうした中の1943年、雑誌アーツ・アンド・アーキテクチュアの主催によって行われた、戦後住宅に関するコンペにおいて、「合板の家(Plywood House)」のプロトタイプで三等を受賞する。戦争が終わると、ソリアーノが仕事に困るようなことはなくなり、スタジオシティに建てられたカッツ邸がアメリカ建築家協会(AIA)南カリフォルニア第3支部から賞を受けるなど、数々の賞を受ける。1950年、ソリアーノは友人であり高名な建築写真家ジュリウス・シュルマンの為に住宅の設計を行っており、これは1964年のグロスマン邸とともに、現存する数少ない作品のひとつである。

アーツ・アンド・アーキテクチュア誌のジョン・エンテンザの招きに応じ、ソリアーノはケース・スタディ・ハウス・プログラムに参加し、1950年作品を投じる。これは住宅の構造部材としての鉄の可能性を示唆するものであり、プログラム全体の転換点と位置づけられるものであって、ピエール・コーニッグのケース・スタディ・ハウス#21および#22において頂点に達したといえる。1951年のソリアーノの作品、コルビー・アパートメントは、その現代的なデザインのみならず、鉄の広範な利用においても傑出した作品であり、AIAの国内デザイン賞や、第7回汎米会議国際賞、AIA南カリフォルニア第1支部名誉賞を受賞している。

1953年、ソリアーノはロサンゼルスから、サンフランシスコ北側のマリン郡ティブロンに居を移す。1955年には、量産鉄製品を使った住宅を設計し、これはデベロッパーであるジョセフ・アイクラーがパロアルトに建設した。アイクラーと組んだソリアーノの作品は、AIAきたカリフォルニア支部から2つの賞を受賞した。

1961年、AIA会員。1965年、ソリアーノは、アルミ製のプレファブ住宅を設計、施工する会社を起業し、「ソリア・ストラクチャーズ」と名づけ、「全アルミ製の家(All Aluminum Homes)」と銘打って売り出した。ソリアーノの作品の中で、最後に建設されたものが、このAll Aluminum Homesであり、1965年、ハワイ州マウイ島に建てられた。

1970年から、死去する1988年までは、世界中を建築の講師、ライター、研究者として旅することに傾倒した。1986年、AIAから功労者賞を、南カルフォルニア大学から卒業生功労者賞を受賞した。

作品
実際に施工された50の作品のうち、現存しているのは12作品のみであり、残りは山火事や地震などの災害によって失われた。現存するものの多くも、無思慮な増改築の害にさらされている状態である。当時のまま残されたいくつかの作品については、地方自治体の保存法によって保護されている。

ラファエル・ソリアーノ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
スポンサーサイト

イームズ デザイナー インテリア家具に関するブログをもっと見る ⇒


ラファエル・ソリアーノ Raphael Soriano
デザイナー | コメント:0 | トラックバック:0
イームズ剣持勇 けんもち いさむ
2008-05-13 Tue
剣持勇
インテリアデザイナー

剣持 勇(けんもちいさむ、1912年1月2日 - 1971年6月3日)は、日本そして世界を代表するインテリアデザイナー。第二次世界大戦後に渡辺力・柳宗理・長大作・水之江忠臣らと共にジャパニーズ・モダンと呼ばれるデザインの礎を創ったと言われる。

廉価なうえに高機能を求められることの多いインダストリアルデザイン分野で手腕を発揮し、1958年に発表された積み重ね可能な「スタッキング・チェア(スタッキング・スツール)」と呼ぶ椅子は普及品として今なおベストセラーの地位を維持している。

ラタンチェアー (1961)
1961年に発表されたラタンチェアーは日本の家具としては初めてニューヨーク近代美術館(MOMA)の永久収蔵品に加えられた。

乳酸菌飲料として日本国内シェアの高いヤクルトの容器も剣持デザインの代表作である。

略歴
1912年:東京府で生まれる。
1932年:東京高等工芸学校木材工芸科(現・千葉大学工学部デザイン工学科)を卒業。商工省工芸指導所に入所。建築家のブルーノ・タウトに師事し、椅子に求められる機能性の研究を行なう。
1952年:渡辺力、柳宗理とともに日本インダストリアルデザイナー協会を結成。
1955年:剣持勇デザイン研究所を設立。スタッキングスツール(秋田木工)をデザインする。
1958年:スタッキングスツール(秋田木工)の販売が開始。
1964年:代表作であるラウンジチェアがニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久コレクションに選ばれる。
1968年:日本航空の航空旅客機ボーイング747のインテリアを担当する。
1971年:ガス自殺により死去。

剣持勇
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

イームズ デザイナー インテリア家具に関するブログをもっと見る ⇒


剣持勇 けんもち いさむ
柳宗理・剣持勇 | コメント:0 | トラックバック:0
イームズ柳宗理 やなぎそうり
2008-05-13 Tue
柳宗理

柳宗理(やなぎ むねみち、1915年(大正4年)6月29日 - )は日本を代表するインダストリアルデザイナー、テキスタイルデザイナーの一人。通称『象の足』のスタッキングスツールは有名。ユニークな形態と意外な実用性を兼ね備えた作品が多い。実父は柳宗悦、祖父は柳楢悦。海外ではSori Yanagiと呼ばれており、国内でも「そうり」という発音で呼ばれる事が多い。

来歴・人物
1915年東京都原宿に生まれる。
1940年東京美術学校洋画科卒。
1942年、坂倉準三建築事務所の研究員となる。
1943年に大東亜戦争の下、徴兵され南方戦線の激戦の地フィリピンへ。
復員し、敗戦後は工業デザインの研究に着手する。陶器のデザインをするも終戦直後の物資不足の中、焼成の燃料持参でなければ窯業所は生産を行わない為、海中に沈没した軍の徴用船から石炭を運びだし焼成にこぎつけた。
1952年に柳宗理工業デザイン研究所を設立し、第1回新日本工業デザインコンクールに出品し第1席『レコードプレイヤー』(日本コロムビア制作)、2席を併せて入選。これを期に財団法人柳工業デザイン研究会を設立する。この頃、日本工業デザイン協会創設に参加した。
1957年第11回ミラノ・トリエンナーレに招待出品し、『バタフライ・スツール』が金賞受賞。その後デザイナーとして国際的に活動
1977年日本民芸協会会長に就任、翌年には日本民芸館館長に。
1980年イタリア在住のデザイナーでさえも推挙がなければ困難とされる「ミラノ市近代美術館」でデザイナー初の個展を開いた。
1981年に紫綬褒章。
2002年に文化功労者。
工業デザインの他に玩具のデザイン、オブジェなども手がける。金沢美術工芸大学客員教授。園芸研究家・柳宗民、美術史家・柳宗玄は実弟。

主な作品
早く沸くヤカン(東京ガス、1953年)
『バタフライ・スツール』(天童木工制作、1954年~)
オート三輪(三井精機制作、1956年)
東京オリンピック聖火コンテナ、トーチ・ホルダー(1964年)
『スタッキング・チェア』(コトブキ制作、1965年)
札幌冬季オリンピック聖火台(1970年)
野毛山動物園歩道橋、看板(1970年)
横浜市営地下鉄駅設備(1973年)
東名高速道路・東京料金所防音壁(1980年)
関越自動車道・関越トンネル坑口(1985年)
東名高速道路・足柄橋(1991年)
東京湾横断道路・木更津料金所(1997年)

水飲器と水汲み場:横浜市営地下鉄
ベンチ:横浜市営地下鉄
背もたれサポーター:横浜市営地下鉄
レリーフ「港の精」:横浜市営地下鉄横浜駅
野毛のつり橋(横浜市・野毛山公園)
野毛山公園案内板#1
野毛山公園案内板#2

主な作品収蔵先
ニューヨーク近代美術館(バタフライスツール)
ルーブル美術館(バタフライスツール)
メトロポリタン美術館
ピナコテーク・デア・モデルネ(ミュンヘン)

柳宗理
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

イームズ デザイナー インテリア家具に関するブログをもっと見る ⇒


柳宗理 やなぎそうり
柳宗理・剣持勇 | コメント:0 | トラックバック:0
イームズアルネ・ヤコブセン Arne Jacobsen
2008-05-13 Tue
アルネ・ヤコブセン(Arne Jacobsen、1902年2月11日 - 1971年3月24日)はデンマークの建築家、デザイナー。ユダヤ人であり、モダン様式の代表的な人物のひとりである。

スワンチェア(右)とエッグチェア(左)彼の建築業績の中には、オックスフォードのセントキャサリン大学、マートン・カレッジでの仕事、ラディソンのロイヤルホテル、デンマーク銀行、多くの町役場、および他の建築物がある。 彼は多くの非常にオリジナルの椅子と他の家具を設計した。 また、国際的な賞も授与されている。

彼の家具デザインの多くがモダン様式の手本になっている。1952年からのアントチェア、スワンチェアとともにラディソンホテルで設計されたエッグチェアなどである。 しかし、彼の最も知られた作品は1955年のセブンチェアであり、500万本以上を販売している。 セブンチェアは、1963年ルイス・モーレイの有名なクリスティーン・キーラーのヌード写真において使用された。以降、セブンチェアは姿勢をデッサンする多くの肖像に使用されている。製造は発表当時から現在までフリッツ・ハンセン社が手がけている。

建築における理想を追求したデザイン、家具までも含めた一貫性と言う点においてミース・ファン・デル・ローエに影響を受けたと語っている。

経歴
1902年デンマーク、コペンハーゲンの貿易商の家に生まれた。当初は画家を目指していたが父親の反対を受け、1921年、その父に反発して家を出た。客船の旅客係として働き始めるが船酔いを克服できず、すぐに辞めている。その後、建築家のフレミング・ラッセンに絵の才能をいかせる建築の道を勧められ、1924年にデンマーク王立芸術アカデミーに入学。在学中には1925年のパリ万博・デンマーク・パヴィリオンの設計に参加している。1927年に同校を卒業した後、パウル・ホルセーの事務所に入所。その頃、同じ学校のマリー・イストラップ・ホルムと結婚。同時期、マリーの紹介でポール・ヘニングセンと知己を得ている。

ベラヴィスタ集合住宅1929年、フレミング・ラッセンと共にコンぺに向けてモダニズムの形式をとった未来の家を発表。モダニズムの旗手の一人として一躍注目を集める。これにより、その名はデンマーク国内において瞬く間に有名になり、住宅設計の依頼が増え始めた。同年、事務所を設立。1930年代、コペンハーゲンの北に位置するクランペンボーの海岸沿いに、レストランや劇場の隣接するリゾート型複合住宅、『ベラヴィスタ集合住宅』をはじめとする大規模リゾート計画を手がけた。またヨーロッパ各国を回り多くの古典建築に触れている。

1940年デンマークがナチス・ドイツによって占領されると、ユダヤ人であったヤコブセンは迫害を恐れポール・ヘニングセンと共に当時中立国であったスウェーデンに亡命した。亡命中は建築設計は行われず(事務所名義ではスタッフのみにより設計が行われている)、二人目の妻ヨハナとテキスタイル・デザインを手がけた。

ラディソンのSAS(ロイヤルホテル)第2次世界大戦終了後、デンマークへ帰国。1946年から手がけた『スーホルム集合住宅』では非対称の屋根を採用するなど新しい概念を持ち込んだテラスハウスを発表。1950年代初めからは後に世界的な評価を得る家具のデザインを始めた。家具デザインのスタイルは1952年の『アント(蟻)チェア』によって確立され、その後も『スワンチェア』『エッグチェア』『セブンチェア』などの家具作品を続けて発表した。1956年に竣工したデンマーク国内初の高層ビルであるラディソンのSAS(ロイヤルホテル)では建物の設計からインテリアデザイン、照明やドアノブ、食器類などの細部までを一貫して手がけた。1964年のオックスフォード大学セント・キャサリン・カレッジでは加えてランドスケープデザインも手がけた。1971年に着工したデンマーク国立銀行はヤコブセン最初の国家レベルでの仕事であり、遺作でもある。同年その竣工を見ることなく逝去した。

作品
テキサコのGS
ステリングビル
オーフス市庁舎
HEWヘッドオフィス
デンマーク国立銀行

建築
年 名称   所在地
1927年  シーグルド・ワンデル邸
1928年  ショップ邸
1929年  自邸
1930年  ローテンボー邸
1932年  ベルビュー海水浴場
1933年  ポール・ムンク邸
1934年  ベラヴィスタ集合住宅 Bellavista
マットソン乗馬学校
1937年  テキサコのガソリンスタンド Texaco tank
ベルビューシアターとレストラン Bellevue Teatret
ステリングビル Stellings Hus コペンハーゲン
1938年  ヤコブセン夏の家
1942年  オーフス市庁舎 Århus Rådhus オーフス
スラレド市庁舎
1943年  スモークハウス Fiskerøgeri シェランズ・オッデ
1946年  集合住宅
1950年  スーホルム集合住宅Ⅰ Søholm l
ホービュー小学校
1951年  トローレ邸
1952年  スーホルム集合住宅II Søholm II
1954年  シモニュー邸
1955年  ヤスパーセン・ビル
1956年  ルードブレ市庁舎
ラウンドハウス Det Runde Hus
1957年  シスビュー邸
ムンゲゴー小学校 ロドオヴァ
1959年  グロストロップ市庁舎
1960年  ラディソンSASロイヤルホテル SAS Royal Hotel コペンハーゲン
1964年  オックスフォード大学セント・キャサリン・カレッジ St Catherine's College イギリス
ニュエア小学校
へレンハウゼン公園のレストラン展望台案「ヘラ・ヴィスタ」
1965年  ヘレンハウゼン公園休憩所
1969年  HEWヘッドオフィス
ノヴォ社製薬工場
ルードブレ中央図書館
1970年  実験住宅クーブ・フレックス
1971年  デンマーク国立銀行 Danmarks Nationalbank コペンハーゲン

家具
アントチェア
1952年
セブンチェア
1955年 AJ 3102 tongue.jpg
タンチェア
1955年 AJ 3113.jpg
3113チェア
1955年

オックスフォードシリーズの椅子
AJランプ
ステルトン社のシリンダ・ライン
ボラ・シリーズ水栓
AJカトラリー

アルネ・ヤコブセン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

イームズ デザイナー インテリア家具に関するブログをもっと見る ⇒


アルネ・ヤコブセン Arne Jacobsen
アルネ・ヤコブセン | コメント:0 | トラックバック:0
イームズエーロ・サーリネン Eero Saarinen
2008-05-13 Tue
エーロ・サーリネン

セントルイス、ゲートウェイ・アーチエーロ・サーリネン (Eero Saarinen, 1910年8月20日 - 1961年9月1日)は、アメリカ合衆国において活躍した建築家、プロダクト・デザイナー。フィンランド人。多くの建築物や家具を手がけたが、シンプルで印象的なアーチ状構造を多く作品に取り入れていることで知られている。

生涯
JFK空港のターミナル5(もとトランス・ワールド航空の専用ターミナル)
マサチューセッツ工科大学の音楽ホール、クレスゲ・オーディトリアム(1955)。1200トンのコンクリート製ドームをわずか3点で支えている。
チューリップチェアフィンランドの建築家エリエル・サーリネンの子。ヘルシンキに生まれ、13歳のときアメリカ合衆国に移住。ミシガン州のクランブルック美術大学(Cranbrook Academy of Art)で教える父の講座に学び、在学中にチャールズおよびレイ・イームズと知り合った。1934年、イェール大学で建築学の学位を取得。

1937年、父エリエルと共同で建築事務所を設立。1950年にエリエルが逝去するまで勤めた。1940年にはチャールズ・イームズとともに、ニューヨーク近代美術館開催の「オーガニック家具デザイン」コンペに応募する。成型合板を使った椅子、棚、机を出品し6部門中2部門で優勝した。

彼が注目を浴びるようになったのは、1948年、ミズーリ州セントルイス市に西部への国土拡大と開拓を記念して建設される国立公園、ジェファーソン・ナショナル・エクスパンション・メモリアルの主要部となる記念碑のデザインコンペの優勝案『ゲートウェイ・アーチ』によってであった。エーロはまだ無名で、コンペの賞は誤って父エリエルに贈られた。高さ192m、幅192mに達する巨大なアーチは設計に難航したが、1963年に着工、1965年に竣工し、セントルイスおよび西部開拓のシンボルとして親しまれている。

彼は1951年、父の死後に独立して事務所を設立した。ゼネラルモーターズの技術センター、ヴァッサー大学の学生寮、特に有名なジョン・F・ケネディ国際空港のTWAターミナルビルなど、コンクリート・シェル構造を用いた流れるような曲面の表現主義的なスタイルの建築で一世を風靡した。彼は建築の中の内装や家具デザインも手がけており、チューリップチェアに代表される、その曲線を用いた未来的なデザインも20世紀中期を代表するものである。また、彼は自らが審査委員を務めたシドニー・オペラハウスの建築設計競技において、落選案の中からヨーン・ウツソンの案を強く推し、これを最終的に優勝させたことでも知られる。

彼は1961年、51歳で脳腫瘍のためミシガン州アナーバーで亡くなった。ゲートウェイ・アーチをはじめ多くの未完成のプロジェクトが残されたが、彼の下で働いていた建築家ケヴィン・ローチの設計事務所、ケヴィン・ローチ・ジョン・ディンケルー・アンド・アソシエイツが多くを完成させた。生存中はしばしば建築界の権威から無視され嘲笑の的にもなったが、今日では20世紀のアメリカを代表する巨匠の一人として数えられている。

建築作品
1955年 - MITチャペル
1955年 - クレスゲ・オーディトリアム
1955年 - GM技術研究所
1958年 - インガルス・ホッケーリンク
1958年 - クレイマー礼拝堂
1961年 - IBMトーマス・ワトソン研究所
1962年 - TWAターミナル
1962年 - ダレス国際空港
1962年 - イエール大学エズラ・スタイルズ&サムエル・モース学寮
1962年 - ノース・クリスチャン教会
1963年 - ディア・カンパニー本社
1964年 - ゲートウェイ・アーチ
1965年 - CBSビル

MITチャペル外観
MITチャペル内観
インガルス・ホッケーリンク
ダレス国際空港ターミナル

家具作品
ウームチェア(Womb Chair、1945)
グラスホッパーチェア(Grasshopper Chair、1946)
チューリップチェア(Tulip Chair、1956)

エーロ・サーリネン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

イームズ デザイナー インテリア家具に関するブログをもっと見る ⇒


エーロ・サーリネン Eero Saarinen
エーロ・サーリネン Eero Saarinen | コメント:0 | トラックバック:0
イームズイサム・ノグチ 野口勇
2008-05-13 Tue
イサム・ノグチ

ベンジャミン・フランクリン メモリアルイサム・ノグチ(Isamu Noguchi、日本名:野口勇、1904年11月17日 - 1988年12月30日)はアメリカ合衆国ロサンゼルス生まれの日系アメリカ人である。彫刻家、画家、インテリアデザイナー、造園家、舞台芸術家。

父は愛知県生まれの日本の詩人で慶應義塾大学教授の野口米次郎、母はアメリカの作家で教師のレオニ・ギルモア(Leonie Gilmour)。

略歴
1906年、先に帰国した父を追って母と日本へ移住、2歳から13歳までを東京で暮らした。小学生時代は横浜のフランス・カトリック系の私立小学校に通う。10歳ごろに木工職人宅に通い詰める。

1918年、母の意思でインディアナ州ローリング・プレーリー近郊の公立中学校入学に際し単身で米国へ送られ、両親の知人宅へ寄宿。その後公立高校を卒業。芸術家を切望したため中学校長の斡旋でスタンフォード在住の彫刻家、ガッツォン・ボーグラムに弟子入りが叶う。しかし、敬愛する師から彫刻の適性を認めてはもらえず、挫折感から一時は芸術を諦める。

1923年ニューヨークへ移り、コロンビア大学医学部に入学し、日本より帰米してきた母と暮らすようになる。医学部に在学しつつレオナルド・ダ・ヴィンチ美術学校の彫刻のクラスにも出席することにする。美術学校の校長、オノリオ・ルオットロに彫刻に専念することを勧められる。

1925年、ニューヨークで活躍していた日本人の舞踏家伊藤道郎のダンス・パフォーマンスに仮面を制作。初めて演劇関連のデザインをする。

1927年、グッゲンハイム奨学金を獲得し、パリに留学。半年間、ロダンの弟子である彫刻家ブランクーシに師事しアシスタントをつとめ、夜間の美術学校に通う。

1928年にニューヨークに戻り、最初の個展を開く。

1935年、在米日本人芸術家の国吉康雄、石垣栄太郎、野田英夫らと共にニューヨークの「邦人美術展」に出品。

1941年、第二次世界大戦勃発に伴い、在米日系人の強制収容が行われた際に自らアリゾナ州の「日系人強制収容所」に志願拘留された。しかし、アメリカ人との混血ということでアメリカ側のスパイとの噂がたち、日本人社会から冷遇された為、自ら収容所からの出所を希望するも今度は日本人であるとして出所はできなかった。彼は後に芸術家仲間フランク・ロイド・ライトらの嘆願書により出所、その後はニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジにアトリエを構えた。

1947年、ジョージ・ネルソンの依頼で「ノグチ・テーブル」をデザイン・制作するなどインテリアデザインの作品に手を染め、2年後から岐阜提灯をモチーフにした「あかり(Akari)」シリーズのデザインを開始。

1951年、日本へ移住し山口淑子と結婚(1955年に離婚する)。鎌倉の魯山人に陶芸を学び素焼の作品制作に没頭。この頃に魯山人の邸宅敷地内にアトリエ兼住まいも構えた。

1952年には広島平和記念公園のモニュメント(慰霊碑)にノグチのデザインが選ばれたが、原爆を落としたアメリカの人間であるとの理由で選考に外れた。しかし彼のデザインの一部は、平和公園にある丹下健三設計の「原爆慰霊碑」に生かされている(丹下はこのプロジェクトにノグチの起用を推挙した)。また平和公園の東西両端に位置する平和大橋・西平和大橋のデザインはノグチの手によるものである。彼は後年、アメリカ大統領の慰霊碑を設計したこともあるが、こちらは日本人であるとの理由で却下された。

1964年、アメリカの企業・IBM本部に2つの庭園を設計する。

1965年、横浜のこどもの国で遊園地の設計が実際の計画に移される。

1968年、アメリカ・ホイットニー美術館において大々的な回顧展が開催される。

1969年、シアトル美術館に彫刻作品『黒い太陽』を設置。東京国立近代美術館のために『門』を設置。この年、ユネスコ庭園への作品素材に香川県庵治町・牟礼町(現・高松市)で産出される花崗岩庵治石を使ったことをきっかけに牟礼町にアトリエ(現在は、を構え、「あかり(Akari)」シリーズを発表。ここを日本での制作本拠とし、アメリカでの本拠・ニューヨークとの往来をしながら作品制作を行う。

1970年、大阪万国博覧会の依頼で噴水作品を設計。

1974年、4芸術協会主催によるパーム・ビーチ彫刻競技会にて作品『インテトラ』が2等受賞。同地に設置。同年、東京の最高裁判所に噴水を設計し設置。

1984年、ニューヨークのロング・アイランド・シティのイサム・ノグチ庭園美術館が一般公開。同年、コロンビア大学より名誉博士号を授与され、ニューヨーク州知事賞を受賞。

1985年、翌年開催のヴェネツィア・ビエンナーレ(第42回)のアメリカ代表に選出される。

1987年にはロナルド・レーガン大統領からアメリカ国民芸術勲章を受勲する。

1988年、勲三等瑞宝章を受勲する。札幌・モエレ沼公園の計画にも取り組んでいたが12月、心不全によりニューヨーク大学病院で死去。84歳。

1989年、遺志を継ぎ、和泉正敏が制作した遺作『タイム・アンド・スペース』が完成し、新高松空港に設置された。

作品
ブラック・スライドマントラ
イサム作の奇妙によじれた形のすべり台(札幌市中央区大通西八丁目大通公園)。これが世界的彫刻家の芸術作品であることなど露知らぬ子供たちの歓声が響く。
モエレ沼公園
公園全体を一つの彫刻に見立てた氏の「最大」の作品(札幌市東区丘珠町)。1988年に構想を開始し2004年に完成予定であったが、やや遅れて2005年7月完成。2002年度グッドデザイン大賞受賞。
「あかり(Akari)」シリーズ
日本の提灯に触発されて制作された「光の彫刻」。現在も入手可。

イサム・ノグチ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

イームズ デザイナー インテリア家具に関するブログをもっと見る ⇒


イサム・ノグチ 野口勇
イサム・ノグチ 野口勇 | コメント:0 | トラックバック:0
イームズ相互リンク募集中
2008-05-13 Tue
インテリア家具・デザイン関係のサイトとの相互リンクを募集しております。無関連サイトとの相互リンクはしておりません。ご希望の方はコメント欄にお願いいたします。

▼サイト名
①イームズ&ミッドセンチュリーのデザイナーたちとインテリア家具
②イームズのインテリア家具

▼サイトURL
http://midcentury.blog72.fc2.com/

よろしくお願いいたしますm(__)m

イームズ デザイナー インテリア家具に関するブログをもっと見る ⇒


相互リンク募集中
サイト情報・お知らせ・相互リンクについて | コメント:0 | トラックバック:0
| ホーム |
紹介デザイナー一覧 - ミッドセンチュリー以外のデザイナーも含まれます。
Achille Castiglioni アキッレ・カスティリオーニ
Alberto Meda アルベルト・メダ
Alberto Meda & Paolo Rizzatto アルベルト・メダ&パオロ・リッツァート
Alessandro Mendini アレッサンドロ・メンディーニ
Alex Hochstrasser アレックス・ホホストラッヤ
Alexander Girard アレキサンダー・ジラルド
Alfredo Haberli アルフレッド・ハベリ
Alma Siedhoff-Buscher アルマ・シードホフ・ブッシャー
Alvar Aalto アルヴァ・アールト
Andre Dubreil アンドレ・デュブレィユ
Andre Francois アンドレ・フランソワ
Andrea Anastasio アンドレア・アナスタージオ
Andree Putman アンドレ・プットマン
Andy Warhol アンディ・ウォーホル
Angelo Mangiarotti アンジェロ・マンジェロッティ
Antonio Citterio アントニオ・チッテリオ
Aoi Huber-Kono 河野・フーバー・葵
Arne Jacobsen アルネ・ヤコブセン
Barber Osgerby バーバー・オズガビー
Birger Kaipiainen ビルガー・カイピアイネン
Borek Sipek ボレック・シペック
Britt Bonnesen ブリット・ボネンセン
Bruno Munari ブルーノ・ムナーリ
Bruno Ninaber van Eyben ブルノ・ニナバー・ヴァン・アイバン
Bruno Taut ブルーノ・タウト
Charles & Ray Eames チャールズ&レイ・イームズ
Charles Eames & Eero Saarinen チャールズ・イームズ&エーロ・サーリネン
Charles Rennie Mackintosh チャールズ・レニー・マッキントッシュ
Chiaki Murata 村田智明
Christophe Pillet クリストフ・ピエ
de pas & D'Urbino & Lomazzi デュ・パ&ドゥルビーノ&ロマッツィ
Denis Santachiara デニス・サンタキアラ
Dietrich Lubs デートリッヒ・ルブス
Dietrich Lubs/Dieter Rams デートリッヒ・ルブス&ディーター・ラムス
Don Chadwick & Bill Stumpf ドン・チャドウィック&ビル・スタンフ
Eero Aarnio エーロ・アールニオ
Eero Saarinen エーロ・サーリネン
Eero Aarnio エーロ アールニオ
Eileen Gray アイリーン・グレイ
Enrico Baleri エンリコ・バレリ
Enrico Baleri & Denis Santachiara エンリコ・バレリ&デニス・サンタキアラ
Enzo Mari エンツォ・マリ
Eric Pfeiffer エリック・ファイファー
Erik Magnussen エリック・マグヌッセン
Ettore Sottsass エットーレ・ソットサス
Franco Albini フランコ・アルビーニ
Francoise Raybaud フランソワーズ・レイバウド
Frank Lloyd Wright フランク・ロイド・ライト
Frank O. Gehry フランク・オーエン・ゲーリー
Fritz Haller フリッツ・ハラー
Gaetano Pesce ガエタノ・ペッシェ
George Nelson ジョージ・ネルソン
Gerrit Thomas Rietveld ヘリット・トーマス・リートフェルト
Gian Carlo Piretti ジャン・カルロ・ピレッティ
Gideon Dagan ギデオン・ダガン
Giovanni Pintori ジョバンニ・ピントーニ
Giulio Confalonieri ジュリオ・コンファロニエーリ
gtdi ジーティーディーアイ
Haberli - Marchand ハベリ&マルシャン
Hannes Wettstein ハンネス・ヴェットシュタイン
Hans Bellmann ハンス・ベルマン
Hans J. Wegner ハンス・J・ヴェグナー
Harri Koskinen ハッリ・コスキネン
Harry Bertoia ハリー・ベルトイア
Heinz & Bodo Rasch ハインツ&ボード・ラッシュ
Hella Jongerius ヘラ・ヨンゲリウス
Helmut Batzner ヘルムート・ベッツナー
Henrik Tengler ヘンリック・テングラー
Henry Kloss ヘンリー・クロス
Herbert Bayer ヘルベルト・バイヤー
Herzog & de Meuron ヘルツォーグ&ド・ムーロン
Hironao Tsuboi 坪井浩尚
Hiroshi Naito 内藤廣
Hisashi Hojin 寳神尚史
Holger Strom ホルガー・ストーム
iiii アイ・フォー
Ingo Maurer インゴ・マウラー
Ingo Maurer & Dorothee Becker インゴ・マウラー&ドロシー・ベッカー
Isamu Noguchi イサム・ノグチ
Jacob Jensen ヤコブ・イェンセン
James Harris ジェームズ・ハリス
James Irvine ジェームズ・アーヴィン
Jasper Morrison ジャスパー・モリソン
Jean Michael Folon ジャン・マイケル・フォロン
Jean Prouve ジャン・プルーヴェ
Jens Risom ジャン・リソム
Joe Colombo ジョエ・コロンボ
Jorgen Moller ヨーゲン・ムーラー
Josef Albers ジョセフ・アルバース
Josef Hoffmann ヨゼフ・ホフマン
Jun Aoki 青木淳
Kaj Franck カイ・フランク
Kanji Ueki 植木莞爾
Karim Rashid カリム・ラシッド
Karl Friedrich Schinkel カール・フリードリヒ・シンケル
Kay Bojesen カイ・ボイスン
Kazuyo Sejima 妹島和世
Kazuyo Sejima + Ryue Nishizawa 妹島和世 + 西沢立衛
Kengo Kuma 隈研吾
Kohn ヤコブ&ヨゼフ・コーン
KOMPLOT コンプロット
Konstantin Grcic コンスタンチン・グルシック
Kristian Vedel クリスチャン・ヴェデル
LeCorbusier & P.Jeannerey & C.Perriand ル・コルビジェ&ピエール・ジャンヌレ&シャルロット・ペリアン
Leo Lionni レオ・レオニ
Luigi Baroli ルイジ・バローリ
Luis Barragan ルイス・バラガン
Maarten Van Severen マールテン・ヴァン・セーヴェレン
Madje Vollaers & Pascal Zwart マッジ・ボラーズ&パスカル・ツワート
Mallet-Stevens ロベール・マリ・ステヴァン
Marc Newson マーク・ニューソン
Marcel Breuer マルセル・ブロイヤー
Marcel Wanders マルセル・ワンダース
Marcello Nizzoli マルチェッロ・ニッツォーリ
Marco Ferreri マルコ・フェレーリ
Mario & Claudio Bellini マリオ&クラウディオ ベリーニ
Mario Bellini マリオ・ベリーニ
Mart Stam マルト・スタム
Marti Guixe マルティ・ギゼ
Masamichi Katayama 片山正通
Masayuki Kurokawa 黒川雅之
Mathieu Mategot マシュー・マテゴ
Max Bill マックス・ビル
Michael Sodeau マイケル・ソドウ
Michael Thonet & Sohne ミヒャエル・トーネット&ゾーネ
Michele De Lucchi ミケーレ・デ・ルッキ
Mies Van Der Rohe ミース・ファン・デル・ローエ
Monsieur Z ムッシュ・ゼット
Naoto Fukasawa 深澤直人
Norman Cherner ノーマン・チャーナー
Norman Foster ノーマン・フォスター
Paolo Rizzatto パオロ・リッツァート
Patrick Norguet パトリック・ノルゲ&エミリオ・プッチ
Peer Clahsen ピエール・クラーセン
Peter Opsvik ピーター・オブスヴィック
Philippe Starck フィリップ・スタルク
Piero Lissoni ピエロ・リッソーニ
Pio Manzu ピオ・マンズ
Poul Henningsen ポール・ヘニングセン
Raymond Savignac レイモンド・サヴィニャック
Rene Herbst ルネ・エルブスト
Richard Sapper リチャード・サッパー
Riki Watanabe 渡辺力
Rino Pirovano リノ・ピロヴァーノ
Robert Wilson ロバート・ウィルソン
Rolf Mertens ロルフ・マーテン
Romano Marcato ロマーノ・マルカート
Ron Arad ロン・アラッド
Ronan & Erwan Bouroullec ロナン&エルワン・ブルレック
Ross McBride ロス・ミクブライド
Sean Yoo ショーン・ユー
Sebastian Bergne セバスチャン・バーン
Shaker Community シェーカーコミュニティー
Shigeru Uchida 内田繁
Shin+Tomoko Azumi 安積伸・朋子
Shiro Kuramata 倉俣史朗
Shuichiro Koizumi 小泉秀一郎
Sori Yanagi 柳宗理
Stefano Giovannoni ステファノ・ジョバンノーニ
Stig Lindberg スティグ・リンドベリ
Stiletto(Frank Schreiner) ステレット(フランク・シュライナー)
Studio 65 スタジオ65
Takaharu+Yui Tezuka 手塚貴晴+手塚由比
Takemi Kaga タケミカガ
Takenobu Igarashi 五十嵐威暢
Tamotsu Yagi 八木保
Thomas Ericksson トーマス・エリクソン
Thomas Maitz トーマス・メイツ
| ホーム |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。